Pianist AZUMI 'S Photo diary Sounds and Poem in Spain

ピアニスト 安澄・AZUMI スペイン 音と詩をさがして

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2016.07.01 Friday

フィギュアの浅田真央さんがファリャのリチュアルダンスを

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    ファリャのリチュアルダンスって、あずみさんの演奏されてる、火祭りの踊りですかね?といろいろな人に聞かれました。

    そうなんです。浅田真央選手がどんなパフォーマンス披露するのか、今からとても楽しみ。

    ファリャだけでなく、スペイン音楽として一番有名な曲なのではないでしょうか。

     

    この曲はファリャの代表作、舞踊音楽「恋は魔術師」の有名なワンシーンだ。

    クラシックとフラメンコを融合した、今ではよく聞く「コラボ」だが、当時はだれもやったことが

    ない試みで、大成功を博した。

    ストーリーはこんな感じ(Wikiからの引用)

    恋は魔術師》はジプシー娘のカンデーラの物語で、その恋人のカルメロは彼女の以前の恋人であった浮気者男の亡霊に悩まされている。そこで彼女は友人の美しいジプシー娘に亡霊を誘惑してもらい、その隙にカンデーラはカルメロと結ばれる、という筋である。本作品はジプシーたちのアンダルシア訛りの歌が、違和感無く曲調にあてはまるほど実にアンダルシア的である。 また、『火祭りの踊り』と『恐怖の踊り』に代表されるよう、特筆すべき美しさと独創性が顕れる瞬間を感じさせる音楽作品でもある。

     

    でも、これは表層的な解釈だ。

     

     

     

     

     


    この説明だけだと「なんだ、スペイン人は幽霊になってもそんなお気楽なことを、愛嬌あるけどねえ」と失笑する人もいるだろう。

     

    数年前のマラガ映画祭に招待された際、映画監督サウラに会った。サウラは芸術映画の巨匠で神様みたいな人だ。

    サウラのお母さんはピアノが上手くて監督は無類の音楽愛好家だったりする。

    彼の作品の一つ、「恋は魔術師」。フラメンコダンサーの最高峰の二人、アントニオ・ガデスとクリスティーナ・オヨス主演。

     

    これを見るとわかるけれど、亡霊はヒロインのカンデーラにしか見えていない。(カンデラスと発音することもある)

    彼女は、死んでしまった恋人ホセ(解釈によっては死んだ夫となる)のことを忘れられないのではないか。

    怪しい魅力を持った最低な男だったからこそ、彼女の心に底に決して消えないシミのように、亡霊のように巣食っているのでは?

    新しい恋人に会うたびに彼女は罪の意識に耐え切れず、それが亡霊となって彼女を苦しめているのでは?

    カンデーラが、貞操観念の厳しいジプシーの女性であることを考えると、なおさらそう思うのである。

     

    火祭りの踊り。この火には、いろいろな意味が込められてる。

    表層的に見れば 火を焚いて祭礼の踊りを踊っている、その火である。

    そして劇中の他のシーンの歌、「恋は狐火の火のよう、逃げれば追ってくる。追えば逃げる。どっちも儚くすぐ消えてしまうのに」という、気まぐれな恋の火でもあり。

    一番強いメッセージは、カンデーラの心に巣食っている、我が身を燃やし尽くすような嫉妬と執念の恋の火。

     

    恋って怖いわ、と思う。でも、怖いものやコントロール不可能なもの、ミステリーこそ求めるのって、

    どうしようもない性なんだろうな、と思いますが、みなさんいかがですか?

     

     

     

     

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